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南三陸での支援ヒストリー

キッズドアでは、東日本大震災直後から南三陸町での活動を続けています。
学校現場や行政との信頼関係を築きながら、復旧から復興に向かうそれぞれの時期でニーズの変化に合わせた支援を行ってきました。

緊張とストレスが続く
子どもたちの心に寄り添う

南三陸町の状況

東日本大震災によって南三陸町は町全体が壊滅的な被害を受けました。避難所から仮設住宅へと生活環境が目まぐるしく変わるなかで、子どもたちは自由に友達と会うこともしづらく、学校以外の遊び場もないため、長引く緊張状態によるストレスを発散できずにいました。保護者からは学習の遅れを心配する声も上がっていました。

キッズドアの活動

戸倉小学校放課後クラブ

戸倉小学校の放課後クラブにて、自習や遊びの支援を行いました。単発ではなく継続してボランティアが関わることで、子どもたちの心の変化に寄り添いました。2015年に新校舎に移ってからは地元のお母さんたちを指導員として雇用する形で継続しました。スタッフとして活動するお母さんたちも、震災後のめまぐるしく変わる環境の中で、疲れやストレスが溜まっていたため、お母さんたちをエンパワメントする研修会も開催しました。

安心して学べる環境を提供する

南三陸町の状況

町の復旧が進む過程では、子どもたちが安全に通学できる状況ではなかったため、ほとんどの子どもたちはスクールバスで通学していました。受験を控えた中学3年生も、1、2年生の部活動が終わってスクールバスが出る時間まで校内で待たなくてはなりませんでした。また、狭くて物音も響きやすい仮設住宅では落ち着いて勉強できないといった声も多く聞かれていました。

キッズドアの活動

志津川中学校での
放課後学習支援

中学3年生の放課後のバスの待ち時間を利用して学習支援を行いました。学習支援には、仙台から派遣される学習支援員や、大学生ボランティアが関わりました。2015年からは、東京と南三陸をテレビ会議システムで繋いで行うウェブ授業も行いました。様々な形での学習支援を行うことで、生徒の学びを後押しし、進学や将来に向けての可能性を伸ばしていきました。

子どもたちが将来の夢を描き、
チャレンジできる機会を提供する

南三陸町の状況

震災後の10年間で、南三陸町は人口がおよそ30%減少しました。特に子育て世代の人口流出は著しく、町内に3校あった中学校は統合され2校になりました。
人口減少は、子どもたちの教育環境に与える影響も大きく、下記のような問題が懸念されています。
・公共交通の利便性が減少し、通学環境に支障が生じる。
・部活動やスポーツなどの活動選択が狭まる。
・入学者の減少で、学校の存続が危ぶまれる。
・民間の塾や習い事の教室の経営維持が困難なため、学びの場が少なくなる。

キッズドアの活動

高校受験対策講座
タダゼミ南三陸

町内の中学3年生の希望者を対象に高校受験対策を主とした勉強会を開催しています。時には町内で働く大人をゲストスピーカーとして招き、キャリアについて考える機会も提供しています。

English Drive 南三陸

2019年、2020年には、町内の中学生を対象とした英語学習会を開催しました。

南三陸高校(旧志津川高校)
公営塾「志翔学舎」

生徒数の減少により存続が危ぶまれている旧志津川高校の魅力化プロジェクトの一貫で校内に設置された公営塾「志翔学舎」の運営を行なっています。放課後に生徒たちが安心して学べる場所を提供しています。(志津川高校は2023年4月より南三陸高校と校名変更になりました)

復興に向けてなにか力になりたい

86%

自分自身が復興の役に立てると思う

38%

「2016年6月 志津川高校生を対象としたアンケート調査結果」より

未曾有の大災害が悲劇に終わるのか。
それを糧に今までにない力をもった次世代を育成できるのか。
それは、大人のわたしたちが子どもたちへ
手を差し伸べられるかどうかで決まると考えます。
キッズドアは、これからも復興支援活動を続けていきます。

未曾有の大災害が悲劇に終わるのか。
それを糧に今までにない力をもった次世代を育成できるのか。
それは、大人のわたしたちが子どもたちへ手を差し伸べられるかどうかで決まると考えます。
キッズドアは、これからも復興支援活動を続けていきます。